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大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)26号 判決

原告 折本権八

被告 大阪府収用委員会

訴訟代理人 大堅敢 大下勝弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

(原告)

1  被告が昭和四四年一月一四日付で原告に対してなした権利取得及び明渡の裁決を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨。

第二当事者双方の陳述

(原告の請求原因)

一  被告は、訴外大阪府知事の土地収用裁決の申請に基き、昭和四四年一月一四日付で、吹田市西之町五六一九番の一雑種地三・三平方メートル(以下五六一九番一の土地という)及びそれに隣接する同所五六四一番の一の土地(以下五六四一番一の土地という)を収用する旨の収用裁決(権利取得裁決及び明渡裁決)(以下本件裁決という)をした。

二  本件裁決は、次の事由により違法であり取消されるべきである。

1(1) 本件裁決では、別紙図面のC部分の土地(以下本件土地という)を所有者不明としている。

(2) 五六一九番一及び五六四一番一の各土地は、訴外鈴木一男が所有していた。原告は、昭和三一年一一月九日訴外鈴木から五六一九番一の土地を買受けその旨の所有権移転登記を得た。又五六四一番一の土地については昭和三六年に訴外藤本光一のため所有権移転登記がなされている。原告が五六一九番一の土地を買受けた当時、五六一九番一の土地の内別紙図面A部分の土地は道路の一部として使用されていたため、訴外鈴木は五六一九番一及び五六四一番一の各土地の内別紙図面B・C・Dの部分の土地を二分し北側のB・Cの部分の土地を原告に売渡した。即ち原告は五六四一番一の土地の半分も同時に譲受けた。その後訴外藤本は別紙図面D部分の土地を譲受けたものである。右原告が譲受けた土地の範囲は本件収用裁決手続において被告に提出された譲渡証により明らかである。

(3) 又原告は、右土地を譲受けた直後別紙図面のB・C部分の土地に店舗を建築し、以来右土地を所有の意思をもつて善意、無過失、平穏公然に占有してきた。したがつて本件裁決当時原告が本件土地の所有権を時効により取得していたことは明らかである。

(4) 右のとおり本件土地が原告の所有であることは明らかであるのに、これを所有者不明としたのは違法である。

2(1) 別紙図面B・C部分の土地は阪急電鉄吹田駅改札口の傍にあり、近くに吹田市役所庁舎があり、阪急電鉄吹田駅、吹田市役所庁舎に出入する通路に接する角地である。原告は、右地上の店舗において、たばこ、菓子、雑貨類の小売業を営み公衆電話三本を設置し、一〇数年間通行人から親しまれてきた。

(2) ところで本件事業完成後は、阪急電鉄吹田駅、吹田市役所庁舎へ出入する通行人は増加することが考えられ、減少することはない。又原告の営んでいたたばこ等の小売店、公衆電話設置店は面積もわずかで足り、一方営業場所は法制上限定されている。本件土地ないしはその近辺の土地は、たばこ等の小売店、公衆電話設置店として最適の場所である。そして本件事業を遂行する上からも、一〇平方メートル内外のたばこ等小売店、公衆電話設置店を阪急電鉄吹田駅、吹田市役所庁舎附近に設置することはその妨げとならず、むしろ本件事業完成後も期待されるところである。

(3) しかるに本件裁決は、単に起業者の「替地はない」との何ら根拠もない一言のみにより、事業計画を具体的に検討することなくなされ、公衆の便益と原告の権利との調整、調和は全くなされていない。

(4) 又原告は、たばこ専売法による小売人の指定の取消ないし販売の差止の処置を受けていない。したがつて本件裁決により原告のたばこ小売を中断又は廃止すべきではない。

(5) 起業者である大阪府知事は、茨木土木出張所員訴外桐山事務官を通じ、原告に対し、高架下等でのたばこ小売指定申立を示唆し、原告の営業継続を保証しながら、急拠これをひるがえし、その後具体案も示していない。そして被告は、右につき訴外桐山事務官を参考人として調べる等の措置もなさず、原告のたばこ小売権を侵害する裁決を行つた。

3 本件収用裁決手続には次のとおりの瑕疵がある。

(1) 訴外大阪府知事の収用裁決申請に基き、昭和四三年一〇月二三日裁決手続開始の決定がなされたが、審理は、同年一一月五日、同月一一日、同月二六日の三回で打切られている。そして審理の延時間は約二時間にすぎない。又第一回の審理には、土地所有者として訴外藤本のみが出席し、第二回の審理以降原告も出席したが起業者側の事業概要の説明もなかつた。

(2) 第二回以降の審理は、主として五六一九番一の土地と五六四一番一の土地との境界問題に費やされた。そして右境界問題も、訴外藤本や原告が存知しなかつた問題であり、これを起業者や被告の収用委員がとり上げたものである。

又審理が境界問題に費やされており、原告が申立てたにもかかわらず、五六一九番一及び五六四一番一の各土地の前所有者である訴外鈴木に対する審問がなされていない。

(3) 又審理の状況も審理の名に値しないものである。

(4) 更に起業者の原告に対する損失補償の根拠説明もなく、原告の主張を聞かずに審理が打切られた。又事務局から原告に対し補償明細について聞きにいくからといつてその点についての審理、審問なしに本件裁決がなされた。

審理の打切も原告に対しては明らかでないまま第三回審理の終りの挨拶に突如として宣告された。

三  よつて原告は被告に対し本件裁決の取消を求める。

(被告の答弁及び主張)

一1  請求原因一項の事実は認める。

2  本件事業は、昭和四三年三月三〇日付建設省告示第五二〇号をもつて昭和四三年法律第一〇〇号により廃止される前の都市計画法(以下旧都市計画法という)による事業決定の告示がなされた都市計画事業であり、その執行者は訴外大阪府知事である。そして本件事業は、府道豊中吹田線と府道大阪高概京都線とが吹田市内で三差路となつて平面交差しているうえ、阪急電鉄千里山線の踏切により遮断され、交通混雑状態にあることから、これを解消するため、右両路線に高架線と地下道を築造し、併せて現道路を拡幅改良し、交通の円滑化を期するとともに府道服部西之庄線の拡幅整備を図るものであり高度の公共性を有するものである。

二1(1) 請求原因二項1(1)の事実は認める。

同(2)のうち、五六一九番一及び五六四一番一の各土地を訴外鈴木が所有していたこと、原告が、昭和三一年一一月九日訴外鈴木から五六一九番一の土地を買受けその旨の所有権移転登記をしたこと、五六四一番一の土地につき昭和三六年に訴外藤本のため所有権移転登記がなされていることは認めるがその余の事実は争う。

同(3)、(4)は争う。

(2) 吹田市役所保管の土地台帳附属図によれば、本件土地は五六四一番一の土地に含まれ、五六一九番の一の土地と五六四一番一の土地との境界線上に原告所有の建物が存在することとなつている。又起業者たる訴外大阪府知事提出の収用裁決申請書及びそれに添付された土地調書によれば本件土地は訴外藤本の所有とされ右土地調書には異議が附記されていなかつた。そして本件裁決手続において原告及び訴外藤本は、本件土地につき、いずれも自己の所有である旨の主張をし、原告提出の譲渡証によつても本件土地の所有権の帰属を確定することができなかつた。そこで被告はやむを得ず、土地収用法四八条四項但書により、本件土地につき「所有者不明但し原告又は訴外藤本」として本件裁決をした。

2(1)  同項2(1)の事実は認める。

同(2)のうち、たばこの販売がたばこ専売法上の規制を受けること及び通行人が増加するであろうことは認めるがその余は争う。

同(3)は争う。

同(4)のうち原告がたばこ専売法による小売人の指定の取消ないしは販売の差止の処置を受けていないことは認めるがその余は争う。

同(5)のうち被告が訴外桐山を参考人として審問しなかつたことは認めるがその余は争う。

(2)  本件事業は極めて公共性の高い事業であり、原告のたばこ等の小売業の中断による損害や購入者たる公衆の不便と比較しても、その公共性においてはるかに優先するものである。

3(1)  同項3(1)のうち審理の延時間及び事業概要の説明がなかつたとの事実は争い、その余は認める。

原告は審理の通知を受けたにもかかわらず第一回審理期日に欠席した。起業者側の事業概要の説明は第一回審理期日に行われた。

(2)  同(2)のうち、第二回以後の審理が主として土地の境界に関して行われたこと、訴外鈴木を参考人として審問しなかつたことは認めるが、その余は争う。

参考人を審問するか否かは収用委員会の裁量事項であり、被告において訴外鈴木の審問の必要を認めなかつたものである。

(3)  同(3)は争う。

(4)  同(4)は争う。

損失補償の根拠については、裁決申請書及びその添付書類、明渡裁決申立書及びその関係書類に明らかにされており、これらの書類は土地収用法四二条、四七条の四に基き縦覧に供されていたから、原告において知悉できたものである。

又被告の委員は、原告に対し「資料の提出を求めに行く」旨述べたものである。そして第三回審理期日後二回にわたり原告方へ赴いたが、原告の営業補償に関する資料の提供を受けることができなかつた。

理由

一  請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

二1(1) 本件裁決において本件土地が所有者不明とされていることは当事者間に争いがない。

(2) 成立に争いのない乙第一号証、乙第二号証の一、二、三、乙第三号証の一、二、第六、第一一号証、土地調書については証人倉沢已代二の証言により真正に成立したものと認められその余の部分については成立に争いのない乙第四号証、同証人の証言により真正に成立したものと認められる乙第七、八号証、証人倉沢已代二、同鈴木一男の各証言、録音テープの検証の結果、原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる(一部当事者間に争いのない事実を含む)。

イ  五六四一番一の土地はもと五六四一番の三の土地と共に一筆の土地(以下これを旧五六四一番の土地という)であり、五六一九番一の土地はもと五六一九番の二の土地と共に一筆の土地(以下これを旧五六一九番の土地という)であり、これらはいずれも訴外大日本ビール株式会社(現アサヒビール株式会社)(以下訴外会社という)が所有していたこと、訴外会社は昭和一二年頃、旧五六四一番の土地から五六四一番の三の土地を分筆し、旧五六一九番の土地から五六一九番の二の土地を分筆し、五六四一番の三及び五六一九番の二の土地を国へ寄付したこと、その結果五六四一番一及び五六一九番一の各土地が残つたが、右各土地は共に登記上の面積が一坪(三・三平方メートル)となつたこと、又別紙図面のとおり南北に細長い土地となり、五六一九番一の土地が北側に又これに接して五六四一番一の土地が南側に存すること、訴外会社は、昭和三一年一〇月頃右二筆の土地を訴外鈴木に譲渡してその旨の所有権移転登記がなされたこと、訴外鈴木が、昭和三一年一一月九日五六一九番一の土地を原告に譲渡しその旨の所有権移転登記をし、次いで昭和三五年頃訴外藤本に五六四一番一の土地を譲渡したが、登記簿上は訴外鈴木から訴外京阪神商工協同組合、訴外松崎一郎を経て訴外藤本に所有権移転登記がなされていること、訴外鈴木は、五六四一番一及び五六一九番一の各土地を取得したものの右各土地の形状範囲を充分知悉していなかつたこと、そして昭和三〇年当時五六一九番一の土地の北側部分は事実上道路として利用されていたため、訴外鈴木は右各土地のうち道路部分を除いた北側のほぼ半分を五六一九番一の土地として原告に譲渡し、その残りを五六四一番一の土地として訴外藤本に譲渡し、原告が右地上に店舗を建築したこと

ロ  訴外大阪府は本件事業を執行するため、五六四一番一及び五六一九番一の各土地を取得する必要が生じ右各土地の範囲等を調査したこと、そしてそれらを明確にする書類としては、訴外会社が、前記のとおり昭和一二年頃に分筆した際に実測のうえ作成された図面が訴外会社に保管されており、又右分筆に際し、分筆申告書に右図面と同一の図面が添付されそれが吹田市に土地台帳附属図として保管されていたがそれ以外の書類は存しなかつたこと、右図面を現地にあてはめると五六一九番一の土地は別紙図面のA、B部分で実測面積が一〇・五三平方メートル、五六四一番一の土地は同図面C、D部分で実測面積が一七・四〇平方メートルとなり、同図面A部分は道路として利用され又原告所有の店舗は同図面B、C部分に存在することが判明したこと

ハ  そのため訴外大阪府知事は、本件土地が五六四一番一の土地の一部で訴外藤本の所有であり、原告が使用借権を有しているものとして本件収用裁決の申請をしたこと、そして本件収用裁決手続の審理において、原告は本件土地が原告の所有である旨主張し、訴外藤本は、五六一九番一の土地と五六四一番一の土地との境界については判らない旨述べたものの右原告の主張を認めず、原告が店舗を増築し訴外藤本所有地を侵害しているかの如き陳述をしたこと、又原告が譲渡証を資料として提出したが、それによつても本件土地の所有者を明確にし得ず又原告及び訴外藤本からはその他の資料は提出されなかつたこと、そこで被告は、原告や訴外藤本の陳述を聞いたこと、その結果被告は、本件土地につき、その所有者が原告であるか訴外藤本であるかは不明と判断し、所有者不明但し原告又は訴外藤本として本件裁決をし、訴外大阪府知事はその代金を供託したこと、

(3) ところで収用委員会が収用裁決をする場合において、収用の対象となつた土地の所有者を確知することができない場合は、所有者不明として収用裁決をすることができる(土地収用法四八条四項但書)。そして収用委員会は、司法機関ではなく行政機関であるから私人の土地所有権の存否を公権的に確定する権限を有するものではなく、又収用裁決手続も私人の土地所有権の存否を明らかにすることを目的とするものではない。したがつて収用委員会としては、収用の対象となる土地の所有権につき関係人の間で争いがないか又は一応の審理、調査のうえ確実な資料により明白な心証を得ない限りその土地につき所有者不明として収用裁決をするのが相当である。このように解したとしても係争当事者は訴訟手続等により供託金払戻請求権の帰属を確定し、その権利を行使することができるのであるから係争当事者に不利益を課することにはならない。そして前記の如き行政機関たる収用委員会が安易に土地所有権の存否の判断を行うならば、かえつて私人の所有権を侵害する危険をおかすこととなり相当ではない。

そして前記(2)認定の登記簿上五六四一番一の土地が訴外藤本の所有となつており、訴外大阪府の調査の結果、前記分筆の際に作成された図面によれば本件土地が五六四一番一の土地の一部と考えられるとはいえ、本件土地の所有権の帰属につき争いがあり、本件土地の所有権の帰属を明らかにする確実な資料が存しないとの事実に基づけば、被告が本件土地につき所有者不明としたのは正当である。なお原告は、本件土地の所有権を取得時効により取得していた旨主張する。ところで時効により土地所有権を取得するには単に一定期間当該土地を占有していたとの事実のみでなく他の法定要件を具備しなければならず、これら法定要件を具備しているか否かの判断は司法的判断である。そして原告が本件収用裁決手続において時効取得を主張した事実は認められず且つ所有権の帰属につき争いがあり、収用裁決手続において法定要件についての確実な資料が提出されない本件において行政機関たる被告が取得時効の認定をしなかつたのは正当な措置といわねばならない。

よつて請求原因二項1の主張は理由がない。

2 請求原因二項2の主張はその趣旨が必ずしも明らかなものではない。

(1)  仮に本件裁決によつて原告が営んでいた、たばこ等の小売店、公衆電話設置店としての営業が中断又は廃止しなければならなくなることをもつて違法事由とするものであるならばそれは次のとおり理由はない。

前掲乙第四号証によれば、被告の答弁及び主張一項2の事実が認められる。このような建設大臣により事業決定のなされた公共性の高い旧都市計画法による都市計画事業の執行にあたり必要な土地は、土地収用法の規定にしたがい収用し得るのであり(旧都市計画法六条、一八条)、土地収用により当該土地で営んでいた営業を中断又は廃止しなければならなくなつたとしても、それは損失補償の問題として解決されるべきものであり、単に右営業の中断又は廃止にいたることをもつて収用裁決が違法となるものではない。

(2)  又仮に原告の替地補償の要求に対し被告が何らの措置をとらなかつたことを違法事由とするものであるならば、これも次の事由によつて理由がない。

前掲乙第二号証の二、三、録音テープの検証の結果によれば、原告は本件収用裁決手続において代替地の提供を要求したこと、しかし右要求も特定の土地を指定したものではないこと、これに対し起業者である大阪府知事は替地は存在しない旨を申出ていることが認められる。ところで替地補償の要求があつた場合においても収用委員会は、右要求を入れ何らかの措置をしなければならない義務はなく、本件の如き場合においては、起業者に対し替地の提供を勧告することができ、勧告に基き起業者が提供する替地について所有者が同意すれば替地補償の裁決をすることができるに過ぎないものである(土地収用法八二条)。したがつて被告が原告の替地補償の要求に対し、起業者に対する勧告その他の措置をとらなかつたからといつて直ちに本件裁決が違法となるものではない。

(3)  以上により請求原因二項2の主張も理由がない。

3(1) 請求原因二項3(1)の事実は審理の延時間及び事業概要の説明がなかつたとの点を除き当事者間に争いがない。前掲乙第二号証の一、二、三、録音テープの検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件収用裁決手続において、昭和四三年一一月五日の第一回審理期日では審理のため約三二分、同月一一日の第二回審理期日では約三三分、同月二六日の第三回の審理期日では約二六分それぞれ要したこと、第一回審理期日には原告はその通知を受けながら遅刻したため出席しなかつたこと、第一回審理期日の冒頭において訴外大阪府知事の代理人から本件事業の概要につき説明がなされたことが認められる。

ところで、収用裁決手続において通常審理期日が何回位開かれるか又審理期日においてどの程度の時間が費やされるかは明らかでないが、それらは事件の性質、内容等により異るものと考えられ単に審理期日の回数及びそれに費やす時間の多少が直ちに収用裁決の違法原因となるものではない。そして本件において開かれた三回の審理期日が不当に少いとか、審理期日に費やした時間が不当に少いとの事実は認められない。又土地所有者が出席した審理期日において事業概要の説明をしなければならないとの定めもない。

(2)  第二回以後の審理が主として五六一九番一の土地と五六四一番一の土地との境界問題に費やされたことは当事者に争いがない。そして前掲乙第二号証の一、二、三、録音テープの検証の結果によれば、訴外藤本は本件収用裁決手続の審理期日において、五六四一番一の土地の範囲について充分知悉しておらず本件収用裁決申請前の任意買収の交渉の際に訴外大阪府の職員から本件土地が五六四一番一の土地の一部である旨知らされた旨述べていることが認められる。

前記二項1(2)認定の事実特に本件土地が五六四一番一の土地の一部と考えられ、それを前提にして本件収用裁決の申請がなされ、登記簿上は五六四一番一の土地が訴外藤本の所有、五六一九番一の土地が原告の所有となつており、原告が本件土地が自己の所有である旨主張し、訴外藤本が原告の右主張を認めなかつたことに照らせば、土地の境界問題は、土地の面積にかかわりひいては損失補償の額に影響するものであるから、前記認定のとおり訴外藤本が任意買収交渉の段階において前記土地境界について問題としていなかつたからといつて長時間を土地の境界問題に費やしたことは相当であり何ら違法ではない又参考人審問の申立を採用するか否かは収用委員会の裁量に属する事項であるから、訴外鈴木を審問しなかつたからといつて本件裁決が違法となるものでもない。

(3)  前掲乙第二号証の一、二、三、録音テープの検証の結果によれば、第一回審理期日においては起業者の事業概要の説明がなされた後、訴外藤本の所有地の所在、地番等の確認がなされ、収用委員の求めに応じて訴外藤本から収用に対する意見、損失補償に対する意見が述べられ、又土地の範囲についての審理がなされていること、第二回審理期日においては、収用委員から原告に対し原告所有地の所在、地番、地積、その範囲等の質問がなされ又損失補償等についての意見を求めていること、これに対し原告は自己所有建物の敷地は原告の所有であるとの趣旨の答弁や代替地の要求をしているが多くの質問等については知らん、判らん、裁判所で決めてもらう等述べ明確な返答や意見を述べなかつたこと、第三回審理期日においても収用委員から起業者、原告、訴外藤本らに対し、五六一九番一の土地と五六四一番一の土地との境界や原告主張の土地の範囲についての質問がなされ又損失補償についての質問や意見を求められており、原告主張の如き審理に値しないものではないことが認められる。

(4)  前掲乙第二号証一乃至三、録音テープの検証の結果によれば、本件収用裁決手続の審理期日おいて起業者の原告に対する損失補償の根拠説明がなされていないことが認められるが、審理期日において起業者の損失補償についての根拠説明をしなければならないとの法的定めはなく、右根拠説明がなされなかつたからといつて何ら違法ではない。

前掲乙第二号証の二、三、乙第三号証の一、録音テープの検証の結果によれば、第二回審理期日おいて収用委員が原告に対し損失補償についての意見を求め、原告は替地を要求し又は金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の補償を求めたこと、原告が昭和四三年一一月二六日被告に対し申立書を提出し、それによれば替地があれば金三、〇〇〇、〇〇〇円、なければ金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の補償を求めていること、第三回審理期日において、収用委員が原告に対し、原告が求める金額についての根拠の説明を求めたのに対し原告はその回答をしなかつたこと、そのため収用委員は原告に対し後日係員が調べに行く旨告げ審理を終つたことが認められ、したがつて原告主張の如く原告の意見を聞かず又何らの審理、審問がなかつたものではない。又前掲証拠によれば審理の打切も突如なされたものでなく又明確に宣言されていることが認められる。

(5)  したがつて原告の本件収用裁決手続に瑕疵があるとの主張も理由がない。

三  よつて原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 寺崎次郎 近藤壽邦)

別紙図面〈省略〉

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